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東京家庭裁判所 昭和40年(家)9741号 審判 1967年1月21日

申立人 山本正一(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

申立人は、「申立人につき、本籍東京都杉並区○○町三二八番地、筆頭者申立人本人、生年月日明治四四年四月一四日、氏名山本正一として就籍することを許可する」との審判を求め、その申立の実情として、「申立人は、明治四四年四月一四日、当時日本国の統治下にあつた韓国のソウル市において、日本人である山本某を父とし姓名不詳の韓国女性を母として出生した日本国民であるが、日本に戸籍がないので、本申立におよぶ。」と述べた。

よつて、審理するに、本件記録添付の諸書類および申立人本人に対する審問の結果によれば、申立人は、一九一一年(明治四四年)四月一四日、韓国ソウル市において、当時芸者をしていた氏名不詳の韓国女性の子として生れたが、間もなくかねてから同女となじみの間柄にあつた山本某なる日本人にその子として引き取られ、更に同人の依頼により同人方の女中をしていた韓国人李洪令に養育されていたが、右山本が日本に帰国し同女が韓国人李仙也と結婚した後は右夫婦の子李西烈として戸籍上届出され引き続き同夫婦のもとで養育されていたこと、申立人が八歳頃同夫婦の間に実子ができたことから前記山本某を求めて日本に渡来し、現在まで引き続き日本に居住していること、そして一九六五年五月二九日確定のソウル家庭法院の審判により前記李夫婦と申立人との間に親子関係がないことが確認され、同日申立人の前記戸籍が抹消されたことを認めることができる。

日本の戸籍に記載が認められるのは日本国民に限るので、まず申立人が日本国籍を有するか否かを検討する。現行国籍法は昭和二五年七月一日施行(同法附則第一項)されたもので、同法の適用を受けるのは原則として右施行後の事実に限る。そして右施行前の事実で同法を適用すべき事項に関しては同法附則第三項以下に規定するのみであつて、同法施行当時現在する人の日本国籍の有無については特別の規定を設けていない。しかしながら、明治三二年三月一六日法律第六六号国籍法(以下旧国籍法と称す)施行当時日本国籍を有していた者が現行国籍法の施行および旧国籍法の廃止によつて当然に日本国籍を喪失するものとすることは不合理であるから、現行国籍法は旧国籍法施行当時日本国籍を有した者は当然引き続き日本国籍を有することを前提としているものと解するのを相当とする。

ところで、大日本帝国憲法の下においては内地の法律は当然には外地に適用されなかつたことよりして旧国籍法の規定は元来の日本領土(いわゆる内地)にのみ適用され、従つて同法にいう日本人とはいわゆる内地人のみを意味し、そして右の意味の日本人に戸籍法が適用され、戸籍に登載されていたものである。これに対しいわゆる朝鮮人は明治四三年締結された日韓併合条約により日本国籍を取得することとなつたが、戸籍関係については内地人とは区別され、朝鮮戸籍令の適用を受けて朝鮮戸籍に登載されていた。そして右朝鮮戸籍に登載されるべき人の範囲はもつぱら慣習(日韓併合前韓国には民籍法があつて韓国の国籍をもつた人はその民籍に登載されていた)と条理によつて規律されていた。しかるところ、戦後連合国との平和条約により、日本国は旧朝鮮に対する領土主権を放棄し、その独立を承認した結果、その主権下に属する朝鮮人は右条約の発効によつて日本国の国籍を喪失することとなつたのであるが、右条約により日本国籍を喪失する朝鮮人とは、日韓併合後日本の国内法上朝鮮人としての法的地位を有していたものと解せられる。従つて右平和条約発効後も引き続き日本国籍を有する者であるか否かは、その者が旧国籍法の規定に照して日本人(内地人)であるか否かによつて決せられる。そこで、旧国籍法の規定を検討するに、日本国籍(旧内地人)取得の原因としては、出生によるもの(同法第一条ないし第三条)、出生後帰化等の意思行為によるもの(第五条五号、第七条ないし第一二条、第二五条、第二六条)と婚姻、認知その他の身分行為によるもの(第五条一ないし四号、第六条、第一三条、第一五条、第二七条)とに限る。そして同法第一条により子が日本国籍を取得する要件としての「出生の時その父が日本人なるとき」とは出生当時の法律上の父が日本人であることを意味するのであつて、事実上の父を含むものではない。そして、この場合における法律上の父とはその子が嫡出子である場合および父が胎児認知もしくは出生と同時に認知した場合に外ならない。従つて、その実父山本某は日本人であつても、申立人が同人の嫡出子であることまたは同人が申立人出生当時これを認知したと認めるべき材料は見当らないので、山本某は申立人の法律上の父であるということはできない。その他出生後の事由により申立人が日本国籍を取得したと考えられる事実を認めるに足りる材料もない。よつて、申立人は法律上日本国民ということができず、従つて申立人を日本国の戸籍に登載することが許されないことは己むを得ない結果となる。よつて本件申立は理由がないので、これを却下するものとし主文のとおり審判する。

(家事審判官 河野力)

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